いでよ、おじさん起業家 B向け戦略的ITで世界を獲れ【湯川鶴章】

いでよ、おじさん起業家 B向け戦略的ITで世界を獲れ【湯川鶴章】

【京都大学で開催された超交流会の「ベンチャーやるなら企業向けでヨロ!」と題されたパネル討論会。左から本荘修二氏、湯川鶴章、石井昭紀氏、漆原茂氏。写真撮影=勝屋久氏】

【京都大学で開催された超交流会の「ベンチャーやるなら企業向けでヨロ!」と題されたパネル討論会。左から本荘修二氏、湯川鶴章、石井昭紀氏、漆原茂氏。写真撮影=勝屋久氏】

ソーシャルほにゃららアプリで成功する時代は終わった。では今は何をすべきか。雇用慣行が異なるシリコンバレーを真似てもうまく行くわけもなく、日本には日本のITベンチャーのやり方があるはず。その1つが、B向け(ビジネス向け)の戦略的ITベンチャーではないだろうか。日本の成長企業と組むことでITベンチャーは世界を変えられる。そんなふうに考えている。


★スマホの特需はもう終わり

ここ2,3年は、スタートアップブームだったように思う。スマートフォンアプリのイベントやコンテストが各地で開催され、多くの学生や若者が起業を目指した。比較的少額を数多くのスタートアップに出資するというベンチャーキャピタルの手法も生まれた。週末のイベントで見ず知らずの人とチームを組み、アイデアを出し合って起業しようという試みもあった。 そうしたことが成立したのは、特需だったからだと思う。パソコンからスマートフォンへパラダイムが移行する際の特需だ。中でも大成功したのは、コミュニケーションとゲームの領域。ところが両方の領域とも、戦いは既に大手間の体力勝負になっており、学生ベンチャーがアイデアだけで勝てる時代は終わった。

時代は変わった。


★イケてる会社と組んで世界を目指す

ではどうすればいいのだろうか。どの領域が今、ホットなのだろう。創業以来14年間、B向け専業で成長し続けてきたウルシステムズ株式会社の漆原茂氏は、日本ではこれからB向けベンチャーに大きなチャンスがあると言う。

「イケてる企業か、企業のイケてる担当者と組めばいいんです」と同氏は言う。成長が見込める企業や担当者に寄り添う、というやり方だ。

日本経済が低迷し続けたままといっても、急成長を続ける企業はある。世界に類を見ないビジネスモデルや手法で、世界を狙おうとする企業が存在する。そんな企業の経営者やシステム担当者は、ITが成長戦略に不可欠であることを十分に理解している。そういう企業と組んで一緒に世界を目指せばいいと漆原氏は言うわけだ。

もう1つは、企業ではなく成長が見込める業界や特定の技術領域に寄り添うという方法がある。例えば、回転すし業界は、最新技術導入に積極的な業界だ。iPadをテーブルごとに設置して客がiPadから注文できるようにしている回転すしチェーンもある。産地から鮮度のいい魚を仕入れて管理、配送するために最新技術を導入しているケースもある。回転すし業界の技術分野の專門ベンチャーになれば、今後回転すしが世界でより広く普及する中で世界を相手にビジネスを展開できるようになる。「世界展開が期待できるビジネスって日本にたくさんあると想います。その戦略的ITはグローバル展開できる可能性が大きいはず」と漆原氏は指摘する。

そして今、ウルシステムズのようなB向けITベンチャーと組みたいと考える一般企業が増えてきている。

なぜ増えてきているのか。漆原氏は、これまでの日本のシステム開発のやり方が限界にきているからだと解説する。


★大手企業の意識が変わり始めた

日本のシステム開発は、米国のそれと大きく異なる。米国では、開発プロジェクトごとに人を雇用し、プロジェクトが終われば不要になった人材をレイオフする。日本では法律面でも商習慣としても、米国ほど簡単に人材を切り捨てられない。なので、変化の激しい技術領域の専門家を社内に雇用せず、大手を中心とするシステム会社に発注するというやり方を採ってきた。

日本には約100万人のIT技術者がいる。そのうち、システム開発を発注する側の企業に務める技術者が約25万人、受注するシステム開発会社に務める技術者が約75万人といわれる。受注側が圧倒的に多いわけだ。

一方、米国ではこの割合は正反対で、発注側が72%という数字がある。発注側が圧倒的に多い。ITシステムを社内で開発する米国と、外部に開発を委託する日本。明らかな違いがある。

企業は、コアコンピタンス(自分たちの強みと認識する業務)は社内に確保し、それ以外の業務はアウトソースする。米国の企業はITをコアコンピタンスと認識し、日本の企業はそう考えていないのかもしれない。いや重要性は理解していても、ITを理解している経営者が少なかったのかもしれない。

ITのことがよく分からないので、経営者は担当者に自社のIT化を丸投げにしてきた。ITが分からない経営者に文句を言われたくないので、担当者は名前の通った業界大手のシステム会社に発注する。仕事が大手システム会社に集中し、大手システム会社は自分たちだけでは請け切れないので、下請け、孫請け業者に仕事をふる。誤解を恐れずに言えば、今までの日本企業のIT化は、こんな構図で進んできた。

ただ多重請けの業界構造だと、開発コストが膨らむ傾向にある。時間もかかるし、安定した古い技術が採用される傾向になる。一方で、スマホが普及し、技術の分からない経営者でもITでどのようなことが可能なのかが分かるようになってきた。手元の安価なスマホでできることが、何億円も投資した自社システムで、なぜできないのか。発注側の経営者は、不満を持ち始めている。

実際に、日経コンピュータが発注側企業を対象に行ったアンケート調査によると、システム開発プロジェクトを成功とみなしている企業は全体のわずか31.1%しかいなかった。ほとんどの開発案件は失敗に終わってると、発注側は認識しているわけだ。

日本経済が停滞しているのは、こうしたIT化の失敗にも原因があるのかもしれない。

しかしさすがに経営者の多くは、こうした問題点に気づき始めている。「発注側企業の経営者や担当者の意識が確実に変わり始めています。発注力をあげようとしています」と漆原氏は強調する。「特に勝ち組と呼ばれている企業は、今後戦略的ITに力を入れてきます」(漆原氏)。戦略的ITを提供できる実力派ベンチャー企業にとってチャンス到来といえる。


★戦略的ITは「めちゃくちゃおもしろい」

戦略的ITとは、企業の成長戦略の根幹に関わる業務や、実際に売り上げ、利益を伸ばす業務を強化するための情報技術だ。人事、会計といった社内の「守り」の業務の電子化のことではなく、ECやサプライチェーン、O2O、データ活用を始めとする「攻め」の業務に活用する最先端の情報技術のことだ。

ウルシステムズは、これまで全日本空輸(ANA)、丸井グループ、ベネッセ、NTTグループ、ソニー、東邦チタニウム、電通など大手企業の戦略的ITシステムの開発を手がけてきた。

「クライアントの業務に与えるインパクトも大きく、めちゃくちゃおもしろい仕事です。お客さんと一緒になって汗をかいて未来社会を創っていくのは無常の喜び」とウルシステムズの漆原氏は言う。

クライアントとは密接につきあう。「仕事をしているとクライアントが大好きになります。もう一緒に付き合ってもいいと思うくらい。反対にクライアントのライバル企業のことは大嫌いになります」と笑う。

一方で厳しくもある。「企画や開発などの仕事でクライアントを支援しますが、本来クライアント自身が行うべき仕事は請負うべきではないと考えています。われわれはクライアントを甘やかさない。クライアントを骨抜きにするコンサルは大嫌いです。骨抜きにされてITがまったく分からなくなったことが、日本企業の弱体化の原因の1つだと思う」と漆原氏は指摘する。

1プロジェクトにウルシステムズが支援する技術者は数人程度。「大手のプロジェクトで技術者がたとえ200人いても、半分が素人、半分が外部の人間、みたいではろくに仕事は進まないじゃないですか。むしろ管理する手間がかえって大変。それより3人くらいの優秀な技術者だけで、あうんの呼吸で一気呵成に進めるのがいい。重要な根幹部分が決まってから、必要であればチームを拡大していけばいいんです」。

日本を代表する大手企業の戦略的ITを、少数精鋭の技術者が中心になって開発していく。技術者にとって面白くないわけはない。

ただ技術者不足と言われる中、そんな大きな責任を伴う開発を任せられる優秀な技術者を、簡単に集めることができるのだろうか。

「簡単です。うちはヤバイ仕事しかしないって、宣言すればいいんです」と漆原さんは笑う。


★「うちはヤバい仕事しかしません」

「ヤバい仕事」ってどんな仕事なんだろう。同社ではまず、「こうしう仕事はしない」ということを幾つか決めている。

例えば、安易に儲けることはしない。「売り上げ至上主義ではないんです。こうすれば簡単に売上が上がるという仕事は確かにあります。でもそういう安易な仕事をしていれば、技術力が落ちていくだけです。当社は売上よりも価値を追求します」。

自社が受注に有利になるような下心のある上流コンサルティングも一切やらない。大型のシステム開発を受注したいがため、自分たちが有利になるような曲がったアドバイスはしない、ということだ。

このほか、大手システム開発会社の下請けの仕事もしない、無理やり会社を肥大化させない、外注に丸投げしないなど、システム開発やITコンサルティング業界では普通に行われていることを、同社はあえてしないという。

反対に手がけるのは他社が尻込みするような最先端の開発ばかり。「この技術がまだ実績がない、誰も成功していない、難しそう、大手開発会社が尻込みしている・・・。そういう案件こそ、うちでやれって言ってます」。「ヤバい」仕事しかしない、というわけだ。

「こういうことを宣言すると、本当に優秀なヤツらが向こうから集まってくるんです。みんな心の底では、やりがいのあるシステム開発をしたいんです」。

大手システム会社を飛び出した腕に覚えのある優秀なエンジンニアが、ウルシステムズには200人以上も集まった。強烈なIT集団だ。

「優秀な技術者を正当に評価する仕組みにも気を配っています。日本のB向け技術者は世界一のレベル。でも周りから正当に評価されていないので、本人たちも自分たちが優秀であることを分かってないんです」という。

日本の企業の多くは、社員がどれでけ専門領域で優秀だったとしても年齢が上がると自然と管理職になっていく仕組みになっている。歳を取れば、部下の管理や営業などといった得意でない仕事が増えていく。それが日本の大多数の会社の現状だ。

ウルシステムズでは、アーキテクト、プロジェクトマネージャー、業務要件定義、事業開発など、それぞれの得意とする領域を、いつまでもやり続けることができるような人事制度にしている。

「当社はポケモン集団なんです。水ポケモン、炎ポケモンなどいろいろいて、武器や技術も違う。伝説のポケモンも多数いる。それぞれすべて同格。どの技能のほうが偉いということはないんです」。

こうした環境を整えたことで、技術者たちは実際に「ヤバい仕事」を次々とこなしてきた。「基幹業務向けのアジャイル開発技術、インメモリでの高速トランザクションション処理、リアルタイム機械学習、クラウド上でのデータウェアハウス・・・。業界初ばかりです。シリコンバレーのベンチャーでもやっていないことを次々と世界初でクリアしてきました」。

「環境さえ整えてやれば、必ずやりますよ、日本の技術者は。日本のB向け技術者って半端なく優秀なんですから」。


★リスクは少なくチャンスは大きい

まだまだ数は少ないものの、ウルシステムズ同様に戦略的ITを担うベンチャー企業がほかにも動き始めている。 正式発表はできない段階だけど、僕の周りにも2社、ウエアラブルコンピューター、モバイルマーケティングをそれぞれ専門領域とするB向けコンサルティング、システム開発のスタートアップが立ち上がろうとしている。どちらも社長は30代から40代。ベンチャー企業としては遅咲きだ。

しかし漆原氏は、「経営者がおじさんの若い会社。これがいい」という。その業界でノウハウを蓄積した人じゃないと、高度な専門性が問われるB向けの戦略的ITの領域では通用しないと指摘する。

「例えば製造業の複雑な生産管理システムについては、その業務システムを真剣に考え経験してきた人しか語っちゃだめ。大学出たての業界未経験コンサルタントが知ったかぶるのは、ちゃんちゃらおかしい」(漆原氏)。むしろ業務や技術を熟知した経験者こそ、B向けに求められるというわけだ。

大企業に入って中堅社員になるころには「大企業のすごさも問題点も分かっていて、どこに隙間があるかも分かっている。大企業だらけの市場にベンチャーで飛び込んでも、十分戦えるはず」と同氏は指摘する。

中堅社員になるころには、業界での人脈もできているだろう。古巣企業やパートナー企業から、仕事をもらうこともできるだろう。

消費者向け(C向け)は、素人にも分かりやすく、マスコミなどで話題になりやすい、しかし実際の市場規模はそれほど大きくない。ITの国内市場規模が約10兆円と言われる中で、C向けはわずか2兆円程度。残りの約8兆円はB向け市場だ。ものすごく大きな規模だ。これが今、大きく変わろうとしているのだ。

前述のように発注側企業の意識が変わりつつあるが、雇用の流動性が米国並みになるのにはしばらく時間がかかりそう。つまり大多数の日本企業にとって最先端の戦略的ITは、大手ではなく専業ベンチャーと組むしかない状況だ。今後仕事は増える一方だろう。

「B向け市場は伸びしろが大きく競合も少ない。業務システムを手がけてきたプロフェッショナルであれば、ノウハウを活かせるB向けベンチャーの方が、大手にそのままいるよりキャリアのリスクは少ないでしょう」と漆原氏は言う。

元気のいい日本企業を、戦略的ITでさらにパワーアップさせることができれば、日本経済にとっても大きなプラスだ。

情報技術は、IT業界だけの進化ではなく、IT業界以外の業界に深く浸透し、産業界全体を進化させるフェーズに入った。今こそ、ありとあらゆる業界で、戦略的ITを提供できるベンチャー企業が必要とされている。

いでよ、おじさん起業家。その豊富な経験、知識、人脈で、日本と世界を変える時がきた。




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