「会った当時、二人はまだひよっこって感じでしたが、いずれ偉大な経営者になると直感しました」。プリファード・インフラストラクチャー(PFI)の最高戦略責任者の長谷川順一氏(53)は、5年前に同社の西川徹社長(32)、岡野原大輔副社長(32)と出会ったころを振り返って、そう語る。
そのころ長谷川氏はソニーに勤務していた。当時話題になり始めていた分散バッチ処理ソフトウェアHadoopのことを調べているときに、PFIにたどり着いた。PFIは日本で既にHadoopのパイオニア的存在になっていた。「ぶっちぎりの技術力」に魅了された。
「若かりし頃のソニーに似ている。第2のソニーを創りたい」。収入が半減することを心配する家族を説得し、長谷川氏は長年勤めていたソニーを辞め、PFIに合流することを決めた。
長谷川氏は西川氏を、経営手腕に優れていたソニーの盛田昭夫氏タイプの人間だと評価する。「判断が速い。どうしてこんなに速く判断できるんだろうかと思うほど速く判断できる。積極的だし、会社をどっちの方向に持って行こうかということもしっかり考えている」「自分が苦労して作ったソフトウェアも周りが追いついて来て競争力が無くなったと判断すると、惜しまず捨てる。過去の成功体験にしがみつく事が全くなく、常に誰もやっていない事にチャレンジしている」などと高く評価する。
一方の岡野原氏のことは、経営者でありながらも技術者であったソニーの井深大氏に似たタイプだと評する。「日本でも有数の研究者であり実装者。これは実装できないだろうというアルゴリズムでも、彼は実装してしまう。そして勉強家。ばったり道で会うと、必ず右手に論文を持っている。いつでも勉強している。多いときは週に100本近い論文を読んでいるらしい」と話す。
▶東大、京大の天才プログラマーが意気投合
PFIは2006年創業。1つの大学から3人のチームで出場するプログラミングの世界大会で、西川氏らの東大チームは、京大チームと出会い、意気投合した。「このメンバーで何かしたいね」。
当時、岡野原氏と西川氏は東大近くのバイオベンチャーでアルバイトしていた。「ベンチャーっておもしろそう」。研究者として大学に残るのでもなく大企業に就職するでもなく、起業する道を選んだ。
最初に手がけたのは、企業向け検索エンジンだった。検索エンジンの独自開発に成功したのだが、最初の1年間はまったく売れなかった。「どうしたらいいんだろう」。不安な日々が続いた。
やがて1件、また1件と成約し始めた。事業が回り始めると、PFIはその技術力で業界内で知られる存在になり、出資を希望する投資家が相次いだ。だが、西川氏は自分たちのやりたいことを追求するために、自己資本にこだわり、出資の申し出を断わり続けた。
得意分野は、自然言語処理と人工知能。でもなにかがしっくりこなかった。ネット上に情報があふれだしたといっても、人間の生み出すデータ量はそれほど急増しない。人工知能を必要とするほどでもないのだ。
そんなときにモノのインターネット(IoT)に対する注目が集まり始めた。これから何兆個ものデバイスがネットにつながる。それらのデバイスが生成するデータは爆発的に増加する。これまでのコンピューティングの仕組みでは対応し切れなくなる。そのときこそ人工知能が必要になる。
すべてがつながった。
機は熟した。今こそ攻めに転じるとき。自社資本で着実に歩を進めるPFIとは別に、IoTに特化することを目的に2014年3月にプリファード・ネットワークス(PFN)を設立。PFNは外部資本を受け入れ、他社と連携し、一気にアクセルを踏むことに決めた。
狙うは、スマートフォンxクラウドの次。IoTx人工知能のパラダイムの覇権だ。
▶オンラインの最適化ループをリアルな場でも
IoTというと、あらゆる機器に通信機能を持たせて情報をクラウド上のサーバーに吸い上げるというイメージが主流。末端の機器は、センシングデバイスでしかない。センシングで得た情報を解析し判断を下すのは、人間だ。
PFNの考えるIoTでは、末端の機器はセンシングデバイスでもありアクチュエータ(駆動装置)でもある。末端の機器から得た情報をネットワークが解析、人工知能が判断し、末端の機器がアクションを起こす。人は介在しない。
「Googleの広告の仕組みを例に取れば、分かりやすいと思います」と西川氏は言う。Googleの広告には、広告マンは介在しない。広告主は自分で関連キーワードを考えて、自分で広告を出す。出した広告の効果は、正確にリアルタイムに測定される。その効果のデータに基いて広告料が変化する。よりコストパフォーマンスのいいキーワードに広告を出すことで、広告の効果がより高くなる。
アクションを起こし、その効果を測定することで、さらにアクションが改善される。改善されたアクションの効果がさら測定されて、次のアクションのさらなる改善につながる。自己改善のループが回っているわけだ。
この自己改善のループを、リアルな場所でも回そうというわけだ。
工場のセンサーと、ロボットアームのようなアクチュエータをネットワークで結び、効果を測定するとともに人工知能を使ってアクチュエータの動きを制御すれば、人間では思いつかないレベルにまで工場運営の最適化が可能かもしれない。大手製造業と組んだ実証実験が水面下で始まっているという。
また店舗のカメラで客の行動をセンシングし、人工知能で解析し、どういう広告やクーポンを出せば効果があるのかを判断。効果測定を基に広告やクーポンを変化させる。さらにその効果をカメラで解析する。自動改善ループを回せば回すほど、人工知能は賢くなっていく。リテールの店舗での実証実験も、米国のPFNの子会社が米国企業と組んで始めようとしている。
そしていろいろな現場で蓄積されたナレッジを、知性を持ったネットワーク同士が融通し合う。例えば大きなコンサートが終わって客の帰宅ラッシュが始まるという情報をコンサート会場の人工知能が把握。それを都市交通ネットワークの人工知能と共有することで、交通や人をよりスムーズに流すように信号機や自動運転車を制御することが可能になるかもしれない。社会のすべてのデバイスが、自動で最適化できるネットワークにつながっている。それがPFNの思い描く壮大な未来予想図だ。
当然、Googleなど米国の大手が競合になるはず。ただ本格IoT時代には、あらゆる産業との協業が不可欠。テクノロジーだけで事を進めようとすれば失敗する。従来型産業は、Googleのような技術至上主義の大手を警戒し、PFNのようなベンチャーと協業を望む傾向にある。そこにチャンスがあるかもしれない。まずはネットワーク機器大手の米Ciscoと組むことで、世界への足がかりにしたいところだ。
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【西川徹氏とのインタビュー】
ーー今のIoTネットワークと、理想的なネットワークの違いをもう一度説明してください。
西川 今のIoTネットワークは何も解釈せずに一方向にデータを通すだけ。今後のネットワーク・アーキテクチャは、常に双方向で、かつ得られた情報を瞬時に解釈しフィードバックしていく。自律制御システムのようなものになると思います。
単体のデバイスの中では自律制御はできているけれど、ネットワークを介してしまうと、今は途端にできなくなる。われわれは、ネットワークを通じてもリアルタイムにフィードバックを送れる仕組みを作ろうと考えています。知識がその場で生成され、知識を通す仕組みになるわけです。つまりいらない情報をローカルでフィルタリングして、ネットワーク自身でもフィルタリングする。
例えばカメラが3台違う場所から同じものを写していたとします。重なっている撮影領域があるので、重複するデータがあります。それをすべてを中央に送るのは無駄。といっても個々のカメラからは、どれがいらない情報か分からない。でも中央に送る前に途中のルーターでそれぞれのデータを照合し、要らない情報を判断することができます。そして必要なデータだけを中央に送るようにできます。そこより上へのデータ転送量が少なくて済むわけです。
一方で3台が同じものを撮影しているのが無駄なので、カメラの向きを調整するように、ルーターがカメラに命令することもできます。つまりネットワークデバイスが効率的に判断するわけです。それが今までのネットワークデバイスとの違い。今までのネットワークデバイスはセンサー制御までしてこなかったんです。
ーーネットワーク全体が「考える」わけですね。
西川 そうです。生物と同じです。生物は、感覚器がたくさんついていて、いろんな環境とインタラクションするからこそ、脳が成長していく。脳だけ取り出して成長するかというと、そんなことはないです。
たくさんの情報を効率的に収集して学習できるようにしているのは、脳だけではないんです。脳の学習能力は非常に強力なんですけど、データをどうやって効率よく集めるのかは全身で行っている。
一方で、今のクラウドコンピューティングは脳に全部集めましょうという考え方。集める仕組み自体については、あんまり考えていない。
僕らが目指しているのは、データの集め方も変化するようなネットワーク。脳が最も賢くなるように、集め方を工夫するネットワーク。単にデータを集めるだけではなく、もっとうまく集められるようにデバイス自身も変化するネットワーク。そういうネットワークを世界に広げたい。それがわれわれが目指している世界です。
ーー自動車にしろ、ヘルスケアにしろ、大手が強い領域のように思います。ベンチャーも大手と組むのが有利な時代になってきているのでしょうか?スマホ時代のように、だれもがアプリを作れてスタートアップが乱立するという時代ではなくなったのでしょうか?
西川 そうですね。これからは、デバイスへの理解が必要になると思います。デバイスにはアナログの要素が含まれます。自動車なんかは特にそうですね。自動車の作り方を理解していないIT系の人には、絶対にいいものを作れない。
これからいろいろなデバイスにITを組み込んでいくには、ITの人はそのアナログの部分の理解しなければなりません。Googleが自動車メーカーから大量に人材を採用しているのは、そのためです。
ヘルスケアも同じだと思います。われわれも生物学をしっかり勉強しないといけないと、メンバーの間でいつも話しています。今は、京都大学のIPS細胞の研究チームと組んで研究を進めています。
コンピューターサイエンスだけでは、IoTを発展させることはできないんです。なのでIT産業の中心が移っていくのかなとも思っています。
ウェブの世界を離れてIoTの世界になると、従来型産業の大手企業が強い部分もまた出てくる。でも大手がコンピューターサイエンスを正しく理解しているかというと、そうではない部分も多い。両方を理解して研究を進めていかないと、IoTは発展していかないんじゃないでしょうか。
【岡野原大輔氏とのインタビュー】
ーーやはりこれからのアプリやIOTのようなモノはすべて人工知能につながってくるのでしょうか。
岡野原 そう思いますね。
ーーいろんなものがつながった人工知能って、だれがコントロールするようになるんでしょうか?そこをコントロールする人や企業、国家に、大変なパワーが集中するように思うのですが。
岡野原 そこは僕もすごく興味があるところです。人間には、自分が持っている知能を他の人間と共有するために言語があります。コンピューターも同様に、知能を交換、共有するような仕組みができてくるのだと思います。それは単純なプロトコルとかのレベルではなくて、人間の言語並みに拡張性、柔軟性があって、相手が知らないこともちゃんと説明できて、というようなものができあがっていくのだと思います。
ーー時代の進み方としては、最初はIBMやGoogleといった大手企業の人工知能を利用する時代があり、それから、もっと分散的で、オープンで、フラットな時代へと移行していく。そんなイメージでいいんでしょうか?
岡野原 そう思いますね。ただ多分、方言のようなものは残ると思います。人間の言語でも、日本人同士では日本語で話すけれど、日本人の中には英語ができる人もいるので、その人を介して外の世界ともつながっています。同じように、IBMの人工知能を利用するコンピューターはIBMの言葉を使うけれど、Googleの人工知能と話をするときは別の言語を使ったり、翻訳したりする。そんなイメージですね。
ーー権力が少数に集中しないほうが理想的な世界だとは思うのですが、現実問題としては、少数の大企業に影響力が集中してしまいそうですね。
岡野原 その可能性は結構あると思いますね。今のインターネットもオープンだと言われます。確かにサーバーは分散されていますが、ほとんどの人がGoogleを介して情報にアクセスしている。Googleは検索ユーザーの動きを全部把握していますし、われわれユーザーはGoogleを使えなかったら、ほとんどの情報にはリーチできないわけです。
同様にこれからも、オープンなプラットフォームだけど、事実上そこを全部コントロールできるようなサービスか仕組みができるのではないかと思っています。そこにはネットワーク効果が働くので、大きいところがどんどん強くなって、そこがかなり支配的になる。一部分はそれに敵対するような動きもあるかもしれないが、大半の人は「便利だからいいか」と思うようになると思いますね。
ーーやはり寡占化は避けられないということですね。
岡野原 あともう1つ思うのは、中心になるのは今の大手ではないということ。新たに勃興してくる会社が、新しい時代の中心になるのだと思います。
ーーそれはどうして?
岡野原 今までのコンピューターの歴史を見ても、パラダイムがシフトするたびに、新しいプレーヤーの時代になるからです。スマホ、クラウドの時代が終わりIOTの時代になると、スマホ、クラウドの時代の覇者は今の成功に縛られて新しいことができなくなる。マイクロソフトなんかはそうですよね。
ーー成功した企業って1つ前のパラダイムで十分儲かるから、新しい領域にはそれほど本気に取り組まないですものね。ということはスマートフォン、クラウドの今の時代の覇者であるAppleやGoogleは、次のIOTの時代では成功しない?でもGoogleって、斬新な動きをするじゃないですか。
岡野原 そうですね。Googleはちょっと特殊ですね。(前CEO)の エリック・シュミット氏から(現CEO)のラリー・ペイジ氏に経営トップが変わってギヤが変わりましたね。インターネット、PCの時代からモバイルの時代、さらにIOTの時代に向けて変わろうとしているところですね。それでIOTに関わるような会社を次々と買収して、ポストモバイル、ポストクラウド時代の優秀な知能を外部から取り込んでいますね。
内部でイノベーションを起こすのって、難易度が高いんですよ。自分たちのビジネスを食ってしまう可能性があるので。なので、外部から放り込むか、別動部隊にするしかないんです。その別動部隊が(秘密研究所)「Google X」。Googleは次の時代に合わせて、非常にいい位置にいると思います。